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S29/年1月〜9月の給料の明細

2011/10/30 21:38
11/10/26日 

            昭和29年1月〜9月 給料の明細票  西暦(1954年)

1月分詳細              本給  5528円    業績手当 9000円
 出勤日数 22日      不就業手当 1726円    支給総額 19790円 
 日曜出勤  2日    所定外時間割   210     業績手当 10435円   
 残業時間 21時間
 日曜 休  3日
 祭日 休  2日
   代休  2日 

2月分
 出勤日数 23日          本給 5717円    業績手当 9800円  
 日曜出勤  1日     不就業手当  863円    支給総額 179021円     
 残業    20時間   所定外時間割 200     端数繰越     66円 
 日曜 休   3日         歩増 669      所得税     890円
 代休     1日       家族手当 650円    普通貯金    100円

家の中を整理していたら古い手帳がありました、会社の支給のもので小さい手帳ですが、日記には毎日欠かさず記録しています。当時の年齢29歳 長男1953年12/26/現在 体重5.7キログラム 身長60センチ 胸囲4.2センチ

1953年12/30日 弟が来て故郷へ帰ると言うので千円渡す。
        
        31日 出勤 定時 アラレが降り年末らしい天気、急に寒くなった1953年のアカを落とす除夜の鐘しずかに
            聞きつつ1953年を送る。
1954/1/1日 休日 新年としてとりたてて書くこともなし、1954年いつもの日と変わらず、29歳の春を迎える。増えたも のは長男と水屋、タンス、去年までは無かった換らぬようでも変わるものだ。
 
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百歳まで生きたいかと思う ?? アンケート

2011/10/16 12:16
11/10/15日
新聞でアンケートの結果が出ている。(新聞切ぬきから) 

○ 百歳まで生きられると思う ??  はい 11 いいえ 84 その他 5

結果は 年輩者は前向き 凡そ六十歳代以下は消極的で。長生きしても家族に
迷惑かける、[長く生きてもいいことばかりじゃない」 など。

○ 百歳まで健康を維持する自信はあるか?? はい 30% いいえ  70% 

○ 何歳で死ぬのが理想 ? 80 歳代48% 70歳代 31 60歳代 9 90歳代 7 50歳代 3 50歳代未満 2  

○ 厚生労働省によると、全国の100歳以上の高齢者は9月1日時点で4万7756人。41年連続過去最多を
   更新し、41年連続で過去最多を更新し、来年は5万人を突破すると見られる。

 「33年前に創設した時、全国の100歳以上はたった792人でした。当時は長寿の象徴として付けた雑誌名ですが
 今や100歳を超える読者が珍しくありません」 そう話すのは高齢者向け雑誌の草分け 「月間百歳万歳」 の

 植松紀子編集長(64)。「100歳まで生きたい」 派少数にとどまった結果については、現役を退いても人生が続く
 と想像できない世代が、回答者に多かった影響と見る。

 「現役世代は疲れていて、定年までが本当の人生だと考えがち。でも、私自身も60歳超えて実感したのは、自分が
 年寄りなんて思えないと言うこと。皆さん本当にお元気ですよ」

 どんな百歳を迎えるか、なりたい、なりたくないではなく、現実として向き合うべき問題なのかも。
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11/10/13日 習作 川柳10/1日〜

2011/10/13 12:25
11/10/13日
 
10/1日 故郷の 新茶の味は 天下一品
      
      里の秋 偲び深け行く 彼岸花

   2日 知らぬ間に はみずはなみず 彼岸花
       
      彼岸花 幽霊花の 異名あり   

      ニッポンの 醤油の味が 世界受け
      
      ゼイゼイと やる事遣らず ただ値上げ
   
   3日 紅葉が すすみ色づく サツキの葉
 
      ニシキ木の 葉はまだ青く 秋の空

   4日 誕生日 百歳迎え 現役医
 
      はなみずや クシャミでどうも 風邪らしい

   5日 秋便り 列島名産 めじろ押し

      病院で こけて腕折れ 今元気

      山は呼ぶ 日ごと紅葉 赤が増し   
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幻の「小倉織」を復元 新聞記事を読んで・・・・・・

2011/10/04 14:24
11/10/4日
新聞記事は10/1日の記事。染織家 築城紀子さんの奮闘物語であった。1983年、北九州市内の骨董店で一枚の
布切れを見つけた、3×11p 縦縞の鮮やかさに引き寄せられた、店主に問うと 「小倉織だよ」 とさりげなく・・・

それが小倉織復活のきっかけだった。小倉織は,豊前小倉城で武士の妻たちが織っていた木綿の織物。横糸が見えないほど濃密な縦糸が特徴。すごく丈夫で、江戸時代は武士の袴に明治後は学生服に重要された。学生の憧れ

だったらしく、文豪漱石・鴎外の小説の中に登城させている。各地で亜流品も作られた。昭和初期、手織りの技は途絶え現品は残っていない。自身も小倉生まれだが、本物を見たことはなかった。

其れを機会に大学をやめ、染織家の道を歩み始める。84年に復元に成功、以来公募展に出品して評価され最近も
「小倉織木綿帯〔面影〕」が日本伝統工芸展で日本工芸会奨励賞(2010年)受ける。09・10年経産省のジャパンブ

ランドとしてパリやミラノの展示会に出展。海外から注文が舞い込むまでになつた・・・北九州の山奥に工房を構え
る。・・・世界へ向けて新時代の小倉織が発信されている。(以上、これは新聞のあらましです)

一寸したきっかけで伝統の日本の工芸が復活、し並々ならぬ努力の成果と思います。日本中にはまだまだ多くの宝物が埋もれ優れた民芸品や技術、技能、工芸品など。誰かの手助けで復活し蘇るチャンスを待っている、「宝物」が

埋もれ助けを求めているのではないでしょうか。私の田舎には、「江代紙」と云う紙を冬のあいだ作っていた。障子紙
や襖のした張りには強くて重宝されていた、原料は 「梶の木」  桑の木に似た木で皮をはぎ中の白い部分を使い

蒸して叩き柔らかくして、空木(ウツギ)に似たノリ木と云う木、この木は木の荒い皮を剥ぎ水に漬けておくと糊が出てきます。この糊を紙スキに使っていました。製品は木綿糸で縫い合わせ袋を作りお茶や、干したけのこ、椎茸等、土

産物を贈ったりしていた。笊などにこの紙を貼り付けると水を入れても、洩れることはありません。村でも作る家は少なく一部の家で作っていた。昔の人は何でも自給自足の生活をしていた。必要なものは自分の手で作ると言う精神

に貫かれていたのではないでしょうか、染織家のように何かのヒントで布切れの端を見つけ出し、現代の技術も使い
付加価値をつけ、優れた製品に仕上げ其の侭では、死に絶えたかもしれない小倉織は見事に復活している。

鵜の目鷹の目で宝物を探し、不況のニッポンを元気にする、ヒントがあるようで、全員注目の価値あり・・・・・・
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